ETWAS - 言語学事始 -

拙筆ながら言語、歴史、文化をテーマに書いています。応援していただけると嬉しく思います。

専門と教養、人格について思うこと

その人がどんなに専門性に長けていたとしても、
人格的に失望するところがあれば、尊敬することは難しい。

 

理想的な人格

他人に思いやりがあり、思慮深く、礼儀をわきまえ、
言うべき時に意見をいい、言わなくてもいいときは黙ることができ、
気配りができ、何をするべきかを心得ており、
和を尊重し、争いは避け、
歴史や文化を大切にし、新しき文化にも関心を持つことができ、
他人の言葉に耳を傾けつつ、決して鵜呑みにせず、参考にして自分で考え、
ときに傲慢不遜なひとがいても、ひとに完全な人は無し、とこれを許し、
被害のあるときだけ、これを諭すようにし、
ときに意見の相違あるひとがいても、
本当に必要なこと以外は問題にすることをしないで言い争いを避け、
しかし、必要なことは必ず話し合うようにし、
自分の言動に責任と義務を持ち、それを良く使うことに邁進するようにし、
自然を愛で、生き物の命を大事にし、
便利さを求めて新しいものを取り入れる勇気と、
古いものに文化の重みを感じ、できるだけ残そうとする努力を惜しまず、
己の小ささと世界の広さと歴史の膨大さによって
自分の存在を位置づけようとする「人格」。

 

これは専門分野のスキルや知識を身につけるだけでは成り立たず、
かといって、幅広く物知りで多芸であったとしても適わない。

専門性があるひとはたくさんいる、最前線で活躍しているが、
一方、それゆえに価値観の偏重により、傲慢で差別的なひともいる。
教養あるひともたくさんいる、それゆえに正しい判断ができると過信し
認めたくないものを容赦なく批判するひともいる。

 

専門も教養も、それを持つだけでは人格者には成りえない。
しかし、それを踏まえて学ぼうとする謙虚な心があれば、
「専門」も「教養」も批判すべきものじゃない。

 

 

・・・・・・・・と、いう駄文でした。出過ぎたこと書きました。すみません。