ETWAS - 言語学事始 -

拙筆ながら言語、歴史、文化をテーマに書いています。応援していただけると嬉しく思います。

CROSSROAD 人生の分岐点

友人が会社を辞めるというので送別会に行ってきた。
大企業の安定した仕事を辞めて、
東南アジアの企業に転職するらしい。

いろいろ思うところが合ったのだと思う。困難も多いだろうが、がんばって欲しい。

 

人生には幾つもの分岐点がある。

 

私の分岐点のひとつは
今年の春に早期退職するか、スキルチェンジして残留するかの選択であった。
私は半導体の部署に在籍していたが、
会社は半導体を撤退する選択をした。

そのため、部署のメンバは進退を選択することを迫られた。

一部は残留を希望され、大半は半ば強制的に、という形だ。
残留しても会社に未来はない、と思った人達は自ら去っていったし、
残りたくても残れなかった人達もいた。

 

幸いにも、私には選択の自由が与えられた。

 

私は、せっかく築いてきた交友関係を無下にしたくないと思い、
残留することにした。

 

意気揚々と辞めていった人達の中には、
残留した人間に心ない発言をする者もいた。

 

こういう話の場合、「辞めて転職することがカッコイイ、あるいは正しい決断だ」みたいな風潮があるかもしれない。

 

しかし、私は一括りにしてそのような発言をすることには批判的だ。

 

人それぞれ、バックグラウンドが違うし、考え方も違う。
排他的な、多様性を重んじないポリシーは結局多くの人にとって「自分の決断の正当性を誇示・誇張するための道具」である。

 

人生の岐路に立った時、いかなる道を選んだとしても、それは「決断」なのである。仕事であれば、転職しようが、残留しようが、どちらにしても誇るべき「決断」なのである。それはベストではないかもしれないし、他人から見るといろいろ思うところがあるにしても、それを決断できるのは当人しかいない。

 

私にできることは、次の分岐点に立った時、後悔しないように「備える」ことだ。

 

分岐点はいつ来るかも分からない。自分で決めるかもしれないし、突然やってくるかもしれない。

 

選んだ選択肢の結果、幸福になるか、不幸になるか、誰が知りえようか。